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あれから支配されてきたこと。

震災があって、知らず知らず、私を支配してた言葉がありました。





「復興のために」

「がんばろう」





言われなくたって、日本の復興はみんなが願っているし、みんな頑張ってる。



それなのに、まだ「がんばれ」って、頑張り足りないっていうのか。










直接大きな被害に遭っていなくても、大震災の情報は入ってくるし、少なからず四六時中心に纏わりついてる。


私の家族も震災があったことで、いろいろ変わったことがある。








ボランティアとか、寄付とか、‥、人それぞれできることとは違うし、また限度がある。


私はボランティアに行く余裕は時間的にも金銭的にも能力的にもないし、寄付だって、大して稼いでいないのだから、そんなにできない。


「震災自粛しないで、どんどんお金を使おう」、って叫ばれているけど、ないものは使えない。







「復興のために」


貢献できていない、がんばれ、と責め立てられているような気分にもなってしまう。


正しい情報は知っていたいと思うけど、必要以上の情報はシャットアウトしたい。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

僕は、自分が落ち着いてから、故郷の家族や東北に暮らす友人たちが助けが欲しいと言ってきたときに備えておこうと思いました。
 
そして、そういうときが来ないことを願いつつも、そういう時が来るまでは「僕は元気でいますよ」って見せること。それだけを心掛けてきました。
 
それくらいしかできない、それ以上は僕のほうが無理してしまう、と思いました。
 
しかし、
 
全体として語られているはずの「復興のために」「がんばろう」が、そのままひとりひとりの個人に押しつけられているかのような感じが、どうしても拭えません。
 
そのために何度もグダグダになりそうでした。
 
 
 
泳いで助かった仙台の友人が、オケ本番を聴きに来てくれます。
「元気をもらいに聞きに行きたいな。」と。
この一言で、僕は救われました。
本番では元気のほかに「ありがとう」の気持ちを持って弾きたいと思っています。
 
 
 
なんとなくですけど、いろいろなことへの、普通のことへの、感謝の気持ちを忘れなければ、纏わりついてくるものに惑わされずにすむのではないかと思っていたりします。
 

cloverSLANさん
「考え過ぎ」
とか
「受け取り方の問題」
とかの言葉で片付けられてしまいそうですが、非日常を体験したり、見聞きしたことで、
そうだよね、と簡単に思える心境ではないのです。
でも、楽器を弾いている時間は、いろいろなことを忘れられます。
音楽やってて良かったですhappy01
SLANさんのご友人が助かったのは、本当に良かったですね。
SLANさんの心が伝わる演奏ができるといいですねshine

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